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誰も書かなかった葬儀のお話 『失注したユメのはなし』・・編

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葬儀の受注を逃すことを“失注(しっちゅう)”と呼び、我々葬儀屋はとても忌み嫌います(涙)。
ご縁で呼ばれると思うので、声をかけていただいた以上、なるべくなら最後までお世話したいとは思うのですが、

誰も書かなかった葬儀のお話 『あらためて考える・・理想の葬儀』・・編

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2018年の3月から4月は、私の葬儀屋人生でも特筆すべき期間でした。第二の母と言うべき方の葬儀に始まり、自分と同年代の方、年下の方の葬儀も連続して担当し、会葬者が数百人も見えた巨大葬儀も担当させていただきました。

誰も書かなかった葬儀のお話 『高津区役所のワナ』・・編

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神奈川県川崎市に「高津区」という場所があります。溝の口というターミナル駅を抱え、JR南武線と東急田園都市線が走り通勤通学も便利な地域です。ここの高津区役所には苦い経験があります。

区役所へは主に
“死亡届の提出及び火葬許可証の申請”
で出向きます。これをしないと火葬が出来ません。

溝の口駅の向かいに高津区役所はあるのですが、駐車場表記が少しややこしい?のです。手前には確かに“駐車場入口”とあります。区役所の駐車場は鋭角に80度くらいに曲がった場所にあるのですが、すぐ手前の右側に民間の駐車場入口があり、ぼーっとしてるとそちらに車を入れそうになるのです。
先日民間のほうに間違えて入れてしまいました涙。すぐに気づいて車を出したのですが、しっかり100円取られました。100円あればコンビニでコーヒーが飲める金額…残念です。まさしく“ワナ”!!

区役所で手続きすると、駐車券にスタンプしてもらい一時間駐車代が免除されます。この時間が結構貴重で、お昼時なら手続きの間に食堂や近所の食べ物屋さんへ行って、さっとお昼を済ませます。時間の有効活用です。書類の手続き自体は2〜30分で終ります。すでに出来上がっていたら、窓口で声をかけると出してくだます。

区役所付近の食べ物屋さんはだいたい頭に入ってますので、そのなかからセレクトして食事しちゃいます。
「あとでいいや」は葬儀屋は禁物です。いつ仕事が入るかわかりません。つねに“戦闘態勢”(?)でいないといけません。

食事するのも仕事のうち、と私は思います。

誰も書かなかった葬儀のお話 ・・『施餓鬼供養』編

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この数日間、私は葬儀の合間を抜けて、おつき合いのある近所のお寺へ施餓鬼供養の準備の手伝いをしています。

餓鬼(がき)とは、俗にいう生前の悪行によって亡者の世界に落とされた魂や無縁仏となっているような霊や魂の事を指します。餓鬼は常に飢えと乾きに苦しんでいるのです。お盆にはご先祖様をお参りするのと同時に、この餓鬼の供養も行なうと功徳が積まれるとされています(宗旨により違いはあります)

まずお寺へ着くと、墓石の後ろに立てる塔婆をあいうえお順に並べて立てます。この塔婆を檀家さんへ渡す際は、ここはある種の“戦場”と化し、結講ザワつきます。檀家さんは一秒でも早く自分の家の塔婆を渡されたいのです。そのあたりの緩衝剤になるのも我々の役目です。一緒に探したり言葉をかけてあげたりします。

壇を用意して今年亡くなった方のお位牌を並べ、装飾を施します。椅子を並べて一脚一脚拭いていき、参列者に失礼の無いようにします。掃除は基本中の基本です。

そしてひたすら仏具磨き。「ピカール」という金属磨きの液体を駆使してひたすら、ただひたすらに仏具を磨きます。香炉から燭台(=ろうそく立て)からリン、大小さまざまな法具を磨き上げます。いろんな葬儀屋さんへお手伝いに行ってた頃は、この作業をかなりやりましたので、コツはつかめています。一度目の磨きで表面の汚れを落とし、二回目の乾拭きで光沢を出します。仕上がった仏具を見たら、かなりの壮観でした(涙)

施餓鬼にはお寺様が大勢見えて同時に供養されるので、これも見応え(&聞き応え)があります。
餓鬼も供養するという慈悲の心も持ち合わせると、生きることにまた味が出ます。

一人で意気がって遮二無二突っ走るだけが、人生じゃない(と、思います笑)

誰も書かなかった葬儀のお話 『老人ホームからの出発』・・編

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最近は老人ホームなどの介護施設で最期を迎える方も多いです。
施設では「出発は食事時は外して下さい」とよく言われます。朝だと7〜9時頃、昼は11〜13時、夕方は6〜7時当りでしょうか。結講大きい配膳カートで職員の方が食事を運ぶので、それが一通り終るまでは車で待機します。
またデイサービスも行なっている施設では、そのバスが戻る時間も外して下さい、というのもよくあります。そちらで職員さんも人手が割かれるし、出来れば多くで見送りたいというのがあるのかなー?と思います。

誰も書かなかった葬儀のお話 『看板屋さんが熱中症』・・の話

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私の担当葬儀でのはなし。
祭壇の飾り付けを終え、故人を偲ぶ思い出コーナーを作っていた時に、頼んでいた看板屋さんから連絡が入りました。

誰も書かなかった葬儀のお話 『老衰は幸せって話』・・編

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病院や施設に呼ばれて、故人が100歳を超えていると神々しい気がします。老衰で亡くなった方は、福の神みたいに安らかな顔しています。一段と気を入れて合掌し、「お疲れ様でした」の気持ちでより丁寧に搬送しようと心がけます。

老衰の方の身体はおしなべて軽いです。きっと魂が燃焼してエネルギーを使い果たしたのでしょう。私はそう感じます。そうなりたいなあ〜とは思いますが、思うだけですね、きっと(笑)

医師が書く「死亡診断書」の死因の枠には“老衰”。現代医学はどうも理由を付けたいらしく、“心不全”とか“肺炎”とかって死因を書く医師も多いのですが、どう見ても高齢で“老衰”となっていると、不思議と納得。「そうだよなー」と思います。

そんなご家族もなんとなく朗らかです。納得されているのか、ある種の満足感があります。寂しさとやり切った感で家が満たされている感じで、葬儀の打ち合わせも比較的やりやすいです。

「大往生でしたね」
とは葬儀屋は言いません。それはご家族や故人と縁のある人が言う台詞で、業者が発する言葉ではありません(と思う)

死亡届で生年月日の“明治”の欄を丸で囲むこの優越感・・たまらないです。そのうち“明治”の欄は無くなると思いますが、死亡届にはさすがにまだあります。

よく考えると“老衰”って幸せだと思いませんか?
重篤な病気でも不慮の事故でもなく、身体が自然に年老いてその年齢になったということ。私は“老衰”も立派な死因だと思います。
老衰で亡くなることは、幸せなのです。

 

誰も書かなかった葬儀のお話・・『悪天候でのお迎え』編

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台風12号が日本列島に近づいています。接近地域の方は怠らず警戒しましょう。

誰も書かなかった葬儀のお話 『お盆供養』・・編

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お付き合いのあるお寺でお盆法要の手伝いに行きました。

誰も書かなかった葬儀のお話 『葬儀in大雨』・・編

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雨ですね・・・