誰も書かなかった葬儀のお話『さまざま遺産編』

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いまは『デジタル遺産』といって、インターネット上にアップされたその人の写真やデータが、亡くなったあとどうするかという問題があらわになってきました。
ログインは基本的にはその人しかできないので、どこにどんなサイトを持っていてログインIDなどを家族などに知らせていないと、管理ができません。
またFXや投資などをネット上で行なっていて急死した場合、負債を抱えたまま何年も経ってしまうと、家族の元にその補填が回ってくる場合があるのです。
ふむ・・・ネットは便利ですが、考えてしまいますね。

また故人となった夫の過去の情報を整理していて、夫の携帯電話から見知らぬ人との仲睦まじい写真(愛人??)などが出てきて、奥さんが「こんな人の葬儀なんかしない!怒」なんてこともあるそうです。写真は常に整理しましょう汗。

いくつも葬儀を見ていると本当に『死に方は生き方』だと思うのです。周りの人に辛く当たっていた人が、亡くなって急に手厚く葬られると言うことは絶対にありません。人は可愛がられたり温かい声をかけてもらったり、恩義を感じる方に手を合わせたいはずです。
もちろん悲しくつらい亡くなり方というのはあります。それは亡くなることによって誰かを“気づかせる”人生と言うことにほかなりません。だからいつまでも泣いていてはいけません。それを亡くなった彼/彼女は望んでいません。辛くても少しずつ前を向く、これが残された人間の生き方です。

人間は「いかに早く気づくか、そして行動するか」これに尽きます。いくら周りが言っても自分で気づかない人はそういう人生です。ほっときましょう。偉そうに何か言っても行動が伴っていない人もそういう人生です。信念がないところに感動は生まれません。
「信念」が誰かの胸を打ちます。
人は所詮「思い出」を残すことしかできません。私たちは思い出を残す為に生きているのです。