誰も書かなかった葬儀のお話・・『言葉のチカラ』編

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今年は開花が早く、花見をしたかしないかわからぬまま、桜が散りはじめています。しかしこの去り方も嫌いじゃない。花は散るものなのです。
 
横浜を走る環状4号線沿いには桜が植えられていて、一斉に咲いた真っ直ぐな道を走り抜けるのは、この時期の醍醐味です。
先日その機会があり、見事な桜並木の下、あるおじいちゃんを火葬場へ移動しました。
 
この環状4号線にはある“伝説”があります。
ある葬儀屋が桜の時期に、寝台車に故人を乗せてここを走りました。亡骸に寄り添って泣きやまない奥さんに対し、その葬儀屋はそっと言います。
 
「桜が綺麗ですね。ご主人にこの桜を見せたくて、この道を通りました」
それを聞いた奥さんはとても感激し、
「お父さん、桜よ。見える?葬儀屋さん、ありがとうございます。お陰でお父さんに桜を見せることができました」
 
実は安置場も火葬場もその近くにあるので、どのみちそこを通らねばならないのです。でもその葬儀屋はずーっと泣き腫らしている奥さんに対して一言加えたのですね。奥さんはそれから気持ちがずいぶん落ち着いたのだそうです。
 
言葉はタダです。その一言を言うか言わないかで流れや雰囲気がガラッと変わることがあります。
お花や祭壇や納棺技術も葬儀屋の“武器”ですが、我々の最大の武器は
「言葉」
かもしれません。“おもてなしの気持ち”なんて綺麗に言いますが、いくら気持ちがあったとしても表に出なきゃ、思っていないと一緒です。
逆を言えば、たとえ思っていなくともきちんと言葉にして出せば、それは思っていることになるのです。
 
言葉というのは想像以上にチカラがあります。一瞬で相手を包み込むことも傷付けることも出来るのです。どうも言葉が軽く見られている気がしてならない。
家族に、友人に、仲間に、部下や上司に、恋人に、きちんと挨拶や感謝を伝えていますか?それは結局自分に巡り巡って帰ってきます。
 
言葉、侮るなかれ。