誰も書かなかった葬儀のお話 『失注したユメのはなし』・・編

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葬儀の受注を逃すことを“失注(しっちゅう)”と呼び、我々葬儀屋はとても忌み嫌います(涙)。
ご縁で呼ばれると思うので、声をかけていただいた以上、なるべくなら最後までお世話したいとは思うのですが、
「知り合いに葬儀屋がいる」
「もう別の葬儀屋を手配してしまった」
「故人が○○に入会しているので、そこでやりたいと思う」
「菩提寺に指定の業者がある」
 
などと現場に来てから言われ、努力虚しく退散したことも幾度かあります。(知り合いに葬儀屋がいる場合を除いて、手だてはあるのですが・・)
 
親族のどなたかが良かれと思い、家族が頼んだとはまた別の葬儀屋に電話して、霊安室前で他業者と鉢合わせすることもあります。そういう時は私たちは空気ですぐわかるので、どちらに頼むか、その場でご家族(=喪主様)に決めていただくことになります。あの場ではお客様は混乱しているし、なにがなんだかわからない状態がほとんどです。
 
私が「前もって話しておいたほうが良い」とよく言うのは、こういった混乱や無駄な時間を避ける意味もあります。施設にもよりますが、大抵数時間程度しか故人を建物内に留めておけません。亡くなった方と本当にゆっくり対面出来るのは、ご自宅やご安置所などへ移動したあとになると思います。対面させたいご親族などへ連絡するのも、ご安置する場所へ移動してからのほうが良いでしょう。
 
もし前もって話しておいていても、あの場は混乱するのです。大事な家族が亡くなるというのは、想像以上に(想像したくありませんが)へビィでタイトです。何十発もローブローを食らうような、鈍くて重い衝撃です。(あの衝撃は、もう味わいたくないなあ〜)
そんな私は先日、失注するユメを見ました。ものの見事にご家族にほかの葬儀屋へとフラレてしまいました。
正夢にならないことを願いますが、そんなこと思っていたら今朝、祭壇が突然爆発して消滅するユメ。一瞬で煙の中へ祭壇が消えてしまいました。Mr.マリックかって!!(古い??)
自分の精神状態を疑ってしまいました。
 
“百華春至って 誰がためにか開く”
『花が美しく咲くのは、誰のためでもない。自然の法則に従って咲くだけである(だから美しい)』
〜中国宋代の公案集「碧巌録」より〜