誰も書かなかった葬儀のお話 ・・『施餓鬼供養』編

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この数日間、私は葬儀の合間を抜けて、おつき合いのある近所のお寺へ施餓鬼供養の準備の手伝いをしています。

餓鬼(がき)とは、俗にいう生前の悪行によって亡者の世界に落とされた魂や無縁仏となっているような霊や魂の事を指します。餓鬼は常に飢えと乾きに苦しんでいるのです。お盆にはご先祖様をお参りするのと同時に、この餓鬼の供養も行なうと功徳が積まれるとされています(宗旨により違いはあります)

まずお寺へ着くと、墓石の後ろに立てる塔婆をあいうえお順に並べて立てます。この塔婆を檀家さんへ渡す際は、ここはある種の“戦場”と化し、結講ザワつきます。檀家さんは一秒でも早く自分の家の塔婆を渡されたいのです。そのあたりの緩衝剤になるのも我々の役目です。一緒に探したり言葉をかけてあげたりします。

壇を用意して今年亡くなった方のお位牌を並べ、装飾を施します。椅子を並べて一脚一脚拭いていき、参列者に失礼の無いようにします。掃除は基本中の基本です。

そしてひたすら仏具磨き。「ピカール」という金属磨きの液体を駆使してひたすら、ただひたすらに仏具を磨きます。香炉から燭台(=ろうそく立て)からリン、大小さまざまな法具を磨き上げます。いろんな葬儀屋さんへお手伝いに行ってた頃は、この作業をかなりやりましたので、コツはつかめています。一度目の磨きで表面の汚れを落とし、二回目の乾拭きで光沢を出します。仕上がった仏具を見たら、かなりの壮観でした(涙)

施餓鬼にはお寺様が大勢見えて同時に供養されるので、これも見応え(&聞き応え)があります。
餓鬼も供養するという慈悲の心も持ち合わせると、生きることにまた味が出ます。

一人で意気がって遮二無二突っ走るだけが、人生じゃない(と、思います笑)